佐藤優 vs 河合洋一郎

モロッコ王家の研究所からの招聘から帰国した河合洋一郎氏と、国策捜査の末、猶予付きの有罪判決を受けた起訴休職外務事務官佐藤優氏が、外交問題でweb上で対談

名付けて、

『インテリジェンス That’s it!!』


1:六ヵ国協議について

今回の六ヵ国協議合意から、世界は帝国主義の時代になったと、認識せよ

河合 今回の六ヵ国協議(*1)は、やっぱりネオコンのボルトン前米国国連大使が批判しているように、94年の米朝枠組み合意(*2)と似たような形で終わっちゃったね。

佐藤 ひとつ大きな違いがある。94年の時は金日成という大親分がいた。あの首領様がいた影響はかなり大きかったですよ。当時は先軍政治(*3)ではなく、主体思想(*4)が指導イデオロギーだった。主体思想の時代は金日成が決めれば、それでみんなビシっと言うことを聞いた。いまは先軍思想なので北朝鮮内の利益集団の影響力が強くなっている。特に軍幹部と軍事テクノクラート(*5)の動向だ。このへんの勢力に配慮するので金正日が、決断をするのに時間がかかる。軍の意向に反する決定を金正日が行っても、どこまでそれが実行されるかわからない。

河合 やはりボクが思ったのは、核兵器はどうなっちゃったの?ってことですよ。北朝鮮は核保有宣言してるし、去年は小規模ながらも核実験にも踏み切った。今回の6ヵ国協議を見ると、北はまだ核兵器を持っていないという前提で話し合いが行われたとしか思えない。

佐藤 そう、そこが一番の問題だね。すでに抽出したプルトニウムはどうするんだ、と。でも今回の合意で日本はめずらしくよくやったと思う。ゴネたでしょう。「カネは出さないが、口を出す」というのは日本外交では珍しいこと。日本には拉致問題があるから、見返りの重油供給のための金は出さない、とね。これで北朝鮮に対する外交カードを1枚持ったわけですよ。金はいずれ出さなければいけなくなるだろうけど、その時が来るまでに北朝鮮から何かを引き出すお膳立てができた。そういう意味では、これからの協議が外交の正念場だな。

河合 そうかな? 日本が金を出さないというのなら、ちょうどいいから日本抜きで話し合いを進めましょうってことになっちゃわない? アメリカはもう拉致問題なんか関係なしで交渉を進めるハラでいるんだから。

佐藤 アメリカは明らかにそうだよな。その状況であるにもかかわらず、日本が拉致問題を埋め込むことができたのはなぜか。ズバリ、ロシアですよ。ロシアをうまく使った。だからいまロシアから入ってくるシグナルは非常にいいんですよ。ロシアをこのまま引きつけておけば、日本抜き、ということにはならない。

河合 なるほど……誰がロシアと裏のアレンジをしたのかな?(笑)

佐藤 さあ(笑)。今回の6ヵ国協議では前駐日大使のロシュコフ(現外務次官)が戻ったでしょう。彼は以前、金正日と直接交渉した経験がある。でもその時、彼は金正日にだまされたんだけどね。

河合 今度はだますな、と?

佐藤 そう。今度だましたら許さない、と。ロシアからすると、だまされないように日本と手を組む必要性があるわけ。だから今回、表には出ていないけれど、ロシアは拉致を埋め込むことに対して全然反対していない。むしろ拉致問題に関する日本の姿勢を積極的に支援していたと思う。そういう意味では以前とは違う「ねじれ」が出てきている。北朝鮮はいまアメリカとの交渉のほうが心地よくなってきている。ロシアや中国との交渉はうざったくなっている。

河合 北とアメリカはベルリンから実質的に2国間協議に入っているからね。

佐藤 結局、大枠で見た場合、こう解釈するとわかりやすいと思う。 現代の世界構成は東西冷戦が終わった後に、帝国主義社会に入っている、と。
つまり、核となる国家群が幾つかあって、それらが植民地を獲得していくということです。資本主義の最高段階としての帝国主義。商品の輸出ではなく、資本の輸出が中心となった。政治支配を伴わずに、各国が国旗を掲げて、資本を植民地に輸出する。ただし、以前の戦争の教訓があるから、帝国主義とか植民地とかいう言葉を使わない。
今回の6ヵ国協議も時代は帝国主義に戻ったということを認識していないと、なぜこういうことになるかわからないわけですよ。要するに冷戦構造とか価値観外交(*7)でやってる時は、北朝鮮のような悪の帝国は叩き潰せ、ということになる。帝国主義だと、悪だろうと何だろうと、最も重要なファクターとなってくるのは、その時の力関係なんだな。

河合 そうなると価値観外交のネオコンは時代遅れになってるわけだ。

佐藤 彼らは時代の最先端を行っていたように見えたけどね。でも結局、「価値観」を引きずっていた。だから葬り去られつつある。そして、自己の利権だけを主張する連中が、いまリアリストという形で出てきている。
そのひとつの転換点となったのが今回の6ヵ国協議だったと思う。

河合 その新しいプレイヤーのひとつが中国だな。

佐藤 そう。かつてアジアのプレイヤーといえば日本だけだった。しかし、いまは中国、さらに言えばインドが加わった。特に中国の帝国主義化が「ゲームのルール」を変化させつつある。

河合 その新たなるプレイヤーたちによる植民地の分割がはじまった、というわけだね。

佐藤 そうすると、不条理なことがまかり通るようになる。面倒な問題でも利益配分の観点からめちゃくちゃなことをする。たとえばさ、北朝鮮がやっていることは、ウンコ満載のバキュームカーを人の家の玄関前に停めて、
「これを逆噴射するぞ」
と言っているのと同じなわけ。冷戦時代なら共産主義勢力の侵略ということでバキュームカーそのものを叩き潰しちゃう。でも帝国主義外交(*6)になると、
「10万円やるから、とりあえずホースを下ろしてくれ」
ということになる。ウンコをまき散らされたら商売にならないからね。

河合 10万円で済むんなら払うな。

佐藤 でもホースをとりあえず下ろさせるだけで、100万トンの重油、日本円で360億円出すっていうのはキツイよな。

河合 第一段階の5万トンで終わる可能性のほうが高いけどね。

佐藤 6ヵ国協議前に米朝間で行われたベルリン協議で面白い話がある。完全な裏取りはできていないんだけどね。ブッシュが絡んでたらしい。

河合 へえ、面白いな、それ。

佐藤 北の秘密口座凍結解除にロシアが関係しているという話。ロシアが北に鉄道省の5つの口座を貸しているというんだな。鉄道省にはヤクーニンというクロウト筋では有名な次官がいるんですよ。もちろん秘密警察出身でプーチンとは懇意。大統領後継候補のナンバー3と言われている。この男がシベリア鉄道と朝鮮半島の南北縦断鉄道を連結する計画の責任者なんです。
そして、この計画の北側の責任者が誰かといえば、あの金正男さん。

河合 なるほど。

佐藤 この話が入ってきた時は話半分で聞いていた。でももし本物ならば、正男がマカオに現れると思った。
そうしたら、案の定……。

河合 現れたねぇ。

佐藤 このふたつの話を総合すると、北朝鮮はロシアの口座の金を使えるようになったということですよ。金一族の財布のフタは開いたと僕は見ている。

河合 さて、今後、どう進めていくか?

佐藤 まず核に関していえば、拡散させない。具体的にはイランに移転させない。拉致に関しては、北の要求は何なのかをきちんと取ること。

河合 対アメリカとしては、民主党にロビーをかけるべきだね。民主党は上下両院を奪回して勢いづいて、人権外交(*8)を復活させようとしています。ブッシュもイラクでメドをつけたければ、民主党のご機嫌を損ねることはできない状況にある。だから日本は拉致問題で民主党の人権外交に乗るべき。

佐藤 でも、民主党にはロビーをかけにくい環境になっているよね。
中国が活発にロビーかけているから。

河合 そうなんだよな。民主党には親中国派が多いし、それが国務省のリベラルの連中とくっついている。日本はよほど頑張らないと、それには乗れない。

佐藤 だから、戦線を縮小する。対北外交には、分担金を払わないというカードを持ったんだから。それをうまく活用する。

河合 そのためにはロシアをきちんと日本に引きつけておかないといけないということですね。


――――――――――――――――――――――――――――――――――

(*1) 【今回の六ヵ国協議】
主に朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)の核開発問題に関して、解決のため直接協議を行なう会議。六ヵ国とはアメリカ合衆国、大韓民国、北朝鮮、中華人民共和国(中国)、日本国、ロシア連邦。


(*2) 【94年の米朝枠組み合意】
94年10月に北朝鮮の核開発凍結と引き換えに同国に軽水炉2基と年間50万トンの重油を提供するとした合意を指す。


(*3) 【先軍政治】
体制を守る上で人民軍の役割を高め、社会主義建設を推し進めるという、軍事優先の政治方式。北朝鮮は1998年の憲法改正で国家主席を廃止し、朝鮮人民軍重視という考え方を明確に打ち出した。つまり、現在の金正日総書記・国防委員長の権力の基盤は労働党よりも軍を優先することで築かれている。


(*4) 【主体(チュチェ)思想】
故金日成主席が唱えた北朝鮮の指導原理とされている思想のこと。チュチェとは「主体」を意味し、「革命と建設の主人は、人民大衆であり、革命と建設を推し進める力もまた人民大衆にある」とされる。「主体経済」「主体 農法」などといった幅広い使い方をされ、中ソ対立の狭間で苦しんできた金日成が自国の主体性を確保するために活用した。


(*5) 【軍事テクノクラート】
テクノクラート(technocrat)とは、高度な科学技術の専門知識と政策能力を持ち、なおかつ、国家の政策決定に関与できる上級職の技術官僚(技官)のこと。この場合は朝鮮人民軍の上級職を指す。


(*6) 【帝国主義】
帝国主義とは、一つの国家が、自国の民族主義、文化、宗教、経済体系などを拡大するため、もしくは同時に、新たな領土や天然資源などを獲得するために、軍事力を背景に他の民族や国家を積極的に侵略し、さらにそれを押し進めようとする思想や政策。


(*7) 【価値観外交】
民主主義や人権重視、言論の自由、法の支配、など「共通の価値」で結ばれた絆が国家間の関係強化に大きく寄与するという考えに基づいた外交政策。


(*8) 【人権外交】
「国家に保障された、国民の法的権利としての人権」を根拠として、他国の政治・法制度のレベルにおける「人権」の不在を断罪し、時には軍事力を用いて政治・法制度そのものを転換させようと指向する外交方針。

トラックバック(0) : http://www.x-king.jp/blog/mt-tb.cgi/290

ページトップへ戻る
「KING学園」TOPへモドル 緊急編集部対談 佐藤優 vs 河合洋一郎